企業年金コンサルタントで社会保険労務士の船橋郁恵氏が社会保険労務士の皆様へ
退職給付制度について4回シリーズで解説します!

第3回「中小企業が導入可能なiDeCo+制度」


中小企業が導入可能なiDeCo+制度

 中小企業のなかには、退職給付制度の導入を検討したいと思いながらも、コストや事務負担の観点から導入が難しいと断念しているケースもあるのではないでしょうか。そのような企業にお勧めしたいのが、iDeCo+(中小企業主掛金納付制度・イデコプラス)です。
 iDeCo+は、企業年金を実施していない中小企業の事業主が、iDeCoに加入している従業員の掛金に上乗せして、掛金を拠出できる制度です。iDeCo+は福利厚生制度で、退職給付制度ではありませんが、従業員の将来に向けた資産形成支援という目的は、退職給付制度と同様です。事業主には拠出する掛金のほかにコストがかからず、制度設計によっては比較的少ない事務負担で導入が可能なため、iDeCo+を導入する中小企業が増えてきています。
 iDeCo+の導入によって、従業員が安心して長く働くことができる環境を作ることができ、従業員の定着率UPやモチベーションの向上が期待できます。また、企業の福利厚生を充実させることで、中小企業で課題となっている人材確保にもつなげることができると考えています。
 制度の仕組みや導入時の検討ポイントをしっかりと抑え、従業員の資産形成支援とともに企業の課題解決や魅力度UPにつなげることができる制度として、導入をサポートできると良いでしょう。

iDeCo+の仕組み
 iDeCo+では、iDeCoに加入している従業員の加入者掛金を事業主が給与天引きなどで預かり、そこに事業主掛金をプラスしてまとめて納付することになります。
           出典:iDeCo公式サイト

 制度を導入することができるのは、厚生年金保険に加入している従業員が300人以下で、確定給付企業年金(DB)や企業型確定拠出年金(企業型DC)、厚生年金基金を実施していない企業です。経営者の方からご質問を受けることがありますが、会社で独自の退職一時金制度を導入していたり、中小企業退職金共済(中退共)等に加入している場合でも、併用してiDeCo+を導入することは可能です。
 iDeCo+の事業主掛金の拠出対象者となるのは、iDeCoに加入している厚生年金保険被保険者のうち、事業主掛金を拠出することについて同意した従業員です。要件を満たしている従業員は、原則としてすべての人がiDeCo+の対象となりますが、対象者に一定の資格を定めることも可能です。ただし、定める一定の資格は、特定の従業員にとって不当に差別的なものではいけません。また、iDeCoに加入していない従業員に加入を強制することはできません。
 対象となる従業員は、iDeCoの掛金を事業主掛金と従業員掛金の合計額が1カ月あたり5,000円以上23,000円以下となるよう、1,000円単位で設定します。事業主掛金のみの拠出とすることはできませんが、事業主掛金が加入者掛金を上回ることは可能です。また、一定の資格ごとに事業主掛金額を設定することもできます。
 なお、iDeCo+の掛金は、事業主掛金については全額が損金算入となり、加入者掛金については全額が小規模企業共済等掛金控除として本人の所得控除の対象となります。

 ・iDeCo+導入までの流れ
  iDeCo+を導入する際の制度実施までの流れと、それぞれのポイントを見ていきましょう。

(1)制度設計の検討
 まずは、iDeCo+をどのような制度設計にするかを決めていきます。企業における制度導入の目的を踏まえて、事業主掛金の拠出対象者を全員とするか一定の資格を定めるか、また事業主掛金をいくらにするかなどを検討していくと良いでしょう。
 拠出対象者に資格を設けたり事業主掛金を資格範囲ごとに異なる掛金額とする場合は、一定の勤続期間や職種によって定めることができます。ただし、制度設計によっては社内管理の負担が大きくなることが考えられますし、社内規程の整備が必要となるケースもあります。発生する事務負担に対応する体制が整っているかも考慮して、制度設計を検討していくと良いでしょう。

(2)労使協議と対象者への説明
 企業として導入するiDeCo+の制度設計が固まったら、労使協議において制度の導入や事業主掛金額等の設定についての同意を得る必要があります。
 その際、iDeCoの加入や変更手続きは加入者自身で行わなくてはいけないということも、しっかりと伝えられると導入がスムーズになります。iDeCoに加入する際は、会社が特定の運営管理機関を勧めることはできません。ただし、iDeCoへの加入手続きにハードルを感じる従業員がいる場合には、希望する従業員についての手続きを運営管理機関に取りまとめてもらうことは可能です。労使協議の際には、運営管理機関による協力の必要性についても議論できると良いのではないかと思います。
 なお、iDeCoに加入していない従業員が事業主掛金拠出の対象とならないことは、iDeCo+の制度においては、不当に差別的な扱いには該当しません。そのような従業員への代替措置が必要かどうか、また必要な場合はどのような対応が良いかなども、労使で検討できると良いでしょう。
 制度の導入や事業主掛金等の設定について労使合意ができたら、iDeCo+の対象となる従業員に制度の説明をし、それぞれにiDeCoへの加入意思や事業主掛金の拠出についての同意の確認をします。
 従業員への説明の際には、iDeCoiDeCo+の制度について、また投資についての勉強会なども開催できると良いでしょう。企業型DCと異なり、iDeCo+では企業による投資教育は努力義務とはなっていませんが、加入する従業員にとっては、企業型DCであってもiDeCoであっても、投資や運用についての知識の必要性に変わりはありません。iDeCo+を導入し、会社が先導して従業員の資産形成を支援するのであれば、そのための知識の習得についても、同じく支援するべきであると考えています。企業での説明会や勉強会の実施についてもしっかりとサポートすることで、iDeCo+の導入効果をより高められるはずです。

(3)届出書類の作成・届出
 対象となる従業員の意向を確認したら、いよいよ届出書類の作成、届出となります。iDeCo+の届出書類は、iDeCo公式サイトからダウンロードが可能です。一定の資格を定めない場合と定める場合で、必要な届出書類が異なります。それぞれの場合の届出書類は下記の通りです。

          出典:iDeCo公式サイト

 書類は、国民年金基金連合会と地方厚生局用の2部を、まとめて国民年金基金連合会に提出します。なお、書類の届出は拠出開始予定月の前月20日までに提出を完了することが必要です。書類に不備があり返戻されて再提出となるケースも多く、届出の完了までに想定以上の時間がかかってしまうこともあります。期限に十分な余裕を持って、不備なく進められるよう届出をサポートできると良いでしょう。
 なお、iDeCo+の掛金は、事業主掛金と加入者掛金を合わせて、企業から口座振替により納付することになります。そのため、上記の書類とは別に、事業主払込用の事業所番号の取得と、口座振替の手続きが必要です。iDeCo+の手続きではありませんが、事業所番号等が未登録の場合は、早めに手続きをするようにしましょう。
 このような届出書類の作成については、国民年金基金連合会のコールセンターでも相談ができます。ただし、資格を設ける場合に添付が必要となる就業規則などの記載内容については、国民年金基金連合会での相談はできません。企業によっては、iDeCo+の制度導入を機に就業規則等の見直しや作成が必要となるケースもあります。社内規程の整備については、専門家として社会保険労務士が責任を持って対応することが求められます。

・コンサル目線での資格設定時の検討ポイント

 iDeCo+では必ずしも資格を設ける必要はありませんが、資格を設定する場合には企業ごとにどのような設定が良いかを検討する必要があります。それぞれのポイントを確認していきましょう。

〇勤続期間による資格設定時の検討ポイント
 勤続期間によって資格を設定する際、中途入社などが多い企業の場合、それぞれの対象者の入社月ごとに掛金額の変更を行うこととすると、申請タイミングの管理が煩雑となってしまいます。勤続期間の判定を1年に1回として、あらかじめ判定時期を定めておくことで、管理の負担を軽減することができます。
 なお、iDeCo+は勤続期間による資格の設定は可能ですが、年齢による資格の設定はできません。例えば60歳に到達したことでiDeCo+の対象外とすることはできませんのでご注意ください。いっぽうで、一定の年齢に達したことで職種が変更となる場合であれば、その職種を対象外とすることは可能です。この場合は次に触れる、職種による資格設定となります。

 〇職種による資格設定時の検討ポイント
 職種による資格を設定する際は、区分する資格の従業員について、給与や退職金などの労働条件が別に定められていることが要件となります。そして、それを明らかにするために、就業規則や給与規程、労働協約などの社内規程の添付が求められます。iDeCo+で設定した資格と、就業規則等に記載されている内容の整合性がとれているかが承認の際のポイントとなるため、社内規程の整備が非常に重要となります。
 就業規則などの内容を工夫することで、企業のニーズに合った柔軟な制度設計とすることができますが、細かな資格の設定によって社内管理の負担が大きくなっているケースも見られます。また、現時点での従業員の構成のみを考慮して制度設計をしてしまうと、導入後に制度の見直しが必要となる場合もあります。
 例えば、現時点ではすべての従業員が正社員であったとしても、近い将来パート社員を雇用する予定があれば、あらかじめパート社員を対象とするかどうかを検討しておくと良いかと思います。
 また、まずは一律の事業主掛金でiDeCo+を導入し、人事制度の整備に合わせて将来的に職種による設定を検討したいという企業もあるでしょう。この場合、導入後に事業主掛金額を引き下げると不利益変更に該当するため、まずは掛金額を低めに設定しておく必要があります。将来の企業の方向性を見据えたうえで、制度設計をすることが大切です。

 iDeCo+の導入をサポートする際は、それぞれの企業のiDeCo+制度の導入目的は何かを明確にし、社内管理や届出の事務負担についても考慮したうえで、企業の現状と今後の方向性を見据えた制度設計の提案が求められます。企業に合ったかたちでiDeCo+を導入することで、従業員の福利厚生の充実と企業の魅力度UPにつなげることができると考えています。

(注)本記事内容は、2024年2月時点の情報に基づき作成しております。


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■第1回「企業の魅力をUPさせる退職給付制度」
■第2回「DC制度の仕組みと企業型DCの導入ポイント」
■第4回「従業員の資産形成制度のための福利厚生制度」


投資信託協会では「中小企業を応援するマネーセミナー」を各地で開催。第1部ではFPが各制度の解説を、第2部では各地の制度導入企業にご登壇いただき導入にあたってのご苦労やその効果などをお話いただいています。その模様を動画で公開していますので、ぜひご覧ください。
FPによる(iDeCo、iDeCo+、DC)の解説
第1部「制度を活用して会社も社員もハッピーに!」
制度導入企業によるパネルディスカッション動画(福岡)
第2部「実際はどうなの?導入先輩企業、本音トーク」(登壇企業の業種:IT企業、医療法人) 採録(西日本新聞)
制度導入企業によるパネルディスカッション動画(金沢)
第2部「実際はどうなの?導入先輩企業、本音トーク」(登壇企業の業種:温泉事業、建設業)
採録(北國新聞)
制度導入企業によるパネルディスカッション(松江)
第2部「実際はどうなの?導入先輩企業、本音トーク」(登壇企業の業種:コンピュータソフトウェア製造販売、ガス販売・供給設置設計等)
採録(山陰中央新報)
制度導入企業によるパネルディスカッション(徳島)
第2部「実際はどうなの?導入先輩企業、本音トーク」(登壇企業の業種:伝統工芸加工・販売、卸売業)
採録(徳島新聞)
制度導入企業によるパネルディスカッション(宇都宮)
第2部「実際はどうなの?導入先輩企業、本音トーク」(登壇企業の業種:電気工事業、銀行業)
採録(下野新聞)
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