書を通して思いや感動を伝えること それが僕にとっての投資です

書道家武田双雲氏

1975年、熊本県生まれ。書道家。三歳から母である書家・双葉に書を叩き込まれる。東京理科大学理工学部卒業。アーティストとのコラボレーションや斬新な個展など、独自の創作活動で注目を集める。NHK大河ドラマ「天地人」など、さまざまな映画、ドラマ、商品の題字を手がける。現在、湘南を基盤に創作活動を続けている。公式サイト:http://www.souun.net/

武田双雲氏


武田さんは20代でサラリーマンから一転、書道家の道を歩まれることになったわけですが、そのきっかけは何だったのでしょうか。

もともと会社を辞めるつもりはなかったんです。僕は子供の頃から目の前にあることしか頭に入らず、長期的な目標を描くことが苦手なタイプでした。思い起こせば、はっきりとした夢をもったことはありません。将来についてもあまり深く考えないまま、何となく大学に入り、就職し、このままずっとサラリーマンを続けるものと思っていました。

ところが、久々に熊本の実家に帰省したときのこと、家の襖に飾られた書家である母の書が目に飛び込んできました。その瞬間、まるで稲妻のような衝撃が僕の中に走ったんです。小さい頃から慣れ親しんだ母の字は、それまで「うまい」程度にしか思っていませんでした。しかしそのとき初めて、「なんてかっこいいんだ」と鳥肌が立つような感動を味わいました。

書の魅力をより多くの人に知ってもらいたいと思ったことが、書道家としての僕の原点です。

突如、書の魅力に引き込まれたわけですね。

そのうち、日常に溢れるすべての文字が気になり始め、道を歩いていても表札や看板などの文字ばかり目に入るようになりました。しかしそのほとんどはパソコンのフォントの文字で、僕にはそれがとても無機質に感じられました。「これらの文字を全部、筆文字で埋め尽くしたい」―― そう考えるともうワクワクしてきて、書かずにはいられなくなっていました。初めて夢中になるものを見つけた子供のような感覚だったんです。

そこで注目したのは名刺です。名前はその人が一生背負うものであるにもかかわらず、フォントの文字では個性がないと思い、筆文字で名刺を作るサービスをホームページ上で始めました。試作品として先輩に作った「筆文字名刺」は周囲からの評判もよく、ずいぶん励みになったことを思い出します。

武田双雲氏

書道家として独立された当初は“ストリート書道”をされていた時期もあるそうですね。

2001年1月から辻堂にある古い日本家屋で書道教室を始めました。しかしなかなか生徒は集まらず、すべり出しは順調とはいきませんでした。

そんなとき、たまたま通りかかった横浜駅でストリートサックスプレーヤーと出会い、その音色にすっかり引き込まれてしまいました。夢中になるあまり、当時交際していた恋人(今の妻です)を「俺は最後までこの演奏を聴いていくよ」と先に帰してしまったほど。その演奏を聴くうち、僕の中に“人に感動を与えたい、文字で泣かせたい”という目標が見え始めました。人は目的によって行動も大きく変化するように思います。それまでのように、単に筆文字を普及させたいという思いだけでは、現在の僕は存在しなかったでしょう。

この出会いで、教室や個展といった形にこだわらなくても、人に感動を与えることができる事に気づき、早速僕も“ストリート書道”としてデビューを果たしました。そうはいっても、最初は顔も上げられないほど恥ずかしくて、真っ黒な服装でひっそりと書いていました。そのうち、「あなたの言葉書きます」という看板を出し、初めての書いた文字は酔っ払いのおじさんからのリクエストで「松田聖子」でした(笑)。

リクエストされた中で最も印象に残っている文字は何ですか。

失恋したばかりの女の子に「愛」という字を依頼されたことでしょうか。頼りなげな細い字でそっと「愛」という字を書いたところ、目の前で大泣きされて驚きました。僕の作品にとって初めての涙でしたから、今でも忘れられません。

書道家として新たなスタートを切られたわけですが、独立する際には戸惑いもあったのではないでしょうか。

もちろん、まわりは僕が会社を辞めることを止めました。しかし、僕はもう書道のことしか頭になかったので、不安を感じる余地などありませんでした。今から思えば皆は、結婚し子供を育てていけるのか、老後の生活はどうするのか、という経済面のことを心配してくれたのでしょう。けれど僕にとっては、やりたいことが明確であるにもかかわらず、自分の気持ちにうそをつき、合わない環境にいることが最大のリスクで、やる気やモチベーションが下がらないことが一番大切だと感じていました。経済的なリスクはアルバイトでクリアできるし、それよりも一番のリスクは希望を失うことではないでしょうか。


※2012年2月16日時点の内容となります。

※このインタビュー内容は、個人の発言に基づき構成されており、投資信託協会がその内容を必ずしも保証するものではありません。