長期で成果が期待できる新興国投資は若い世代にこそおすすめです

BRICs経済研究所 代表門倉貴史氏

神奈川県生まれ。1995年慶應義塾大学経済学部卒業。浜銀総合研究所、(社)日本経済研究センター、東南アジア研究所(ISEAS)、第一生命経済研究所経済調査部主任エコノミストを経て、2005年7月よりBRICs経済研究所代表。専門は日米経済、労働経済、行動経済学、アジア経済、BRICs経済、地下経済と多岐にわたる。講演やテレビ・ラジオのコメンテーターなど、多方面で活躍中。『必ず誰かに話したくなる経済学』(PHP研究所)など著書多数。

門倉貴史氏


新興国の活気を肌で感じたことが人生を変えた

投資対象としての新興国は今やすっかり定着した感もあり、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)はもちろん、門倉さんが提唱されたVISTA(ベトナム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチン)といった言葉も多くの人が知るところとなりました。まずは門倉さんが新興国とかかわるようになったきっかけについて、お聞かせください。

私はもともとシンクタンクへの就職を希望していて、大学卒業後は浜銀総合研究所に就職しました。もっとも、その理由はそれほど前向きなものではなく、自宅から近かったというのが大きいですね。なにしろ、通勤ラッシュが苦手なもので……(笑)。

なるほど(笑)。浜銀総合研究所は横浜銀行のシンクタンクですから、研究対象も神奈川県を中心とする地域経済ということになりますね。

その通りです。ところが、しばらくすると日本経済研究センターに出向になり、日本経済全体や国際経済にも興味をもつようになりました。さらには、シンガポールにある東南アジア研究所(ISEAS)に出向となったことで、今度はアジア地域の経済にひかれていったのです。

私がシンガポールに赴任した2000年頃は、ちょうどアジア通貨危機からV字回復を遂げつつあった時期で、東南アジアは活気にあふれていました。特に印象深かったのは現地の人々の上昇志向の強さや購買意欲で、デフレで萎縮していた当時の日本とは、大きな違いがあると感じましたね。

門倉貴史氏

そこで新興国を本格的にテーマにしたいと考え、今度は第一生命経済研究所へと移りました。とはいえ、まだ経済統計などもほとんど整備されていない頃でしたから、実際に現地に足を運ぶことが大切でした。例えばインドが中国に続く大国になると見られ始めていた時期だったため、インドには独立してから現在までの間に、合計で5回ほど行ったでしょうか。もっとも、私はお腹が弱いもので、1日目には必ず具合が悪くなってしまうなど苦労も多かったです(笑)。

2005年に、今度は自ら「BRICs経済研究所」を立ち上げるわけですが、その決断はかなり思い切ったものですね。

皆さんによくそう言われますが、私自身はそんなに深く考えていなかったんですよ(笑)。本の執筆依頼なども増えてきていましたから、「まあ、独立しても何とかやっていけるかな」と。

もちろん、BRICsという言葉も浸透し始めていて、今後は新興国の時代になっていくという見通しはありました。当時はブラジルやインドなどの経済を個別に研究している人はいても、BRICsというくくりで、しかもグローバル経済や日本との関係を見ていた人はほとんどいませんでした。ですから、そこに特化して情報発信をしていこうというのが、研究所の基本的なコンセプトだったんです。

今の経済の状況を見ると、新興国が台頭する一方で先進諸国の経済は地盤沈下し、新興国の相対的な優位性がますます強まってきています。今後もこうした流れは続くと考えられますから、当初の見立ては間違っていなかったのでしょうね。

新興国への投資は長期で考えるのが基本

ところで門倉さんは、ご自身でも投資をされていますか。

実は1999年から2000年にかけて、まさにITバブルのまっただ中で株式投資に挑戦し、大失敗した経験があります。なにしろ私の場合はIT銘柄に特化していましたから、バブルが崩壊したときのショックも大きかったですね。やはりバブルというのは、その渦中にある人にはなかなか気付けないことも身に染みて分かりました。

それに懲りてしばらく投資からは遠ざかっていたのですが、2000年代に入ってからは、自分の研究分野でもある新興国の投資信託などに長期で投資しています。こちらではそれなりに利益が出ていますから、トータルで見ると、とんとんといったところでしょうか。


※2012年6月11日時点の内容となります。

※このインタビュー内容は、個人の発言に基づき構成されており、投資信託協会がその内容を必ずしも保証するものではありません。